睡眠は「脳のメンテナンス時間」。老廃物を洗い流す仕組み、グリンパティック系とは?

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睡眠は、ただ体を休ませる時間ではない

睡眠には、日中に使った体を休め、疲れを回復させる役割があります。

ただし、近年の研究では、睡眠はそれだけの時間ではないことがわかってきました。
眠っている間、脳の中では、日中の活動で生じた不要な物質を処理しやすくする働きも進んでいると考えられています。

私たちは起きている間、考え、働き、人と話し、さまざまな情報を処理しています。
そのあいだ、脳は多くのエネルギーを使い続けています。

そして、体を動かせば老廃物が生じるように、脳も活動する中で不要になった物質を生み出します。
こうした物質がうまく処理されにくい状態が続くと、脳の働きや将来の脳の健康に影響する可能性があると考えられています。

では、脳はこうした不要な物質を、どのように処理しているのでしょうか。

その仕組みを考えるうえで注目されているのが、グリンパティック系と呼ばれる脳内の老廃物処理の仕組みです。

グリンパティック系は、脳の中で不要になった物質を外へ運び出す働きに関わると考えられています。
そして研究では、この働きは睡眠中、とくに深い眠りのときに高まりやすいことが示されています。

脳の老廃物はどこへ行くのか

人間の体には、老廃物を回収する仕組みがあります。

たとえば、心臓、肝臓、筋肉などで不要になった物質は、血液やリンパの流れによって運ばれ、処理されます。

リンパ系は、体の中の排水ルートのようなものです。
余分な水分や老廃物を回収し、体の外へ出す準備をします。

ところが、脳については長いあいだ疑問がありました。

脳は、体の中でも特に多くのエネルギーを使う場所です。
それなら、不要になった物質も多く出るはずです。

かつては、脳やその周辺には、体のほかの部分のようなリンパの仕組みがほとんどないと考えられていました。
しかし、近年、脳を包む膜である髄膜にはリンパ管があることが報告されています。
ただし、脳そのものの内部に、手足や内臓と同じようなリンパ管が張り巡らされているわけではありません。

そのため、脳の中で生じた不要な物質をどのように外へ運び出すのかは、長く大きな研究テーマでした。

ここでよく話題になるのが、アミロイドβというタンパク質です。

アミロイドβは、脳の神経細胞の活動と関係して生じるタンパク質の一つです。
アルツハイマー型認知症では、このアミロイドβが脳内にたまってできる塊が見られることがあります。

ただし、ここは慎重に考える必要があります。

アミロイドβの蓄積は、アルツハイマー型認知症との関係が指摘されている要素の一つです。
しかし、アミロイドβだけで認知症のすべてが決まるわけではありません。

認知症には、年齢、遺伝、血管の状態、生活習慣、病気など、さまざまな要因が関係します。

脳の掃除に関わる「グリンパティック系」とは

脳がどのように不要になった物質を処理しているのか。

この仕組みに関する研究は、アメリカのロチェスター大学の研究チームなどによって進められてきました。

2012年には、脳内の老廃物排出に関わる経路が報告されました。
そして2013年には、睡眠中に脳内の不要な物質の除去が進みやすいことが示されました。

この仕組みは、グリンパティック系と呼ばれます。

少し難しい名前ですが、意味を分けると理解しやすくなります。

脳には、神経細胞を支えるグリア細胞という細胞があります。
また、体には老廃物を運ぶリンパ系があります。

グリンパティック系という名前は、この「グリア」と「リンパ」を組み合わせた言葉です。

つまり、グリンパティック系とは、脳の中で不要になった物質を運び出す働きに関わる、脳独自の掃除ルートのようなものです。

この仕組みでは、脳脊髄液という透明な液体が重要な役割を果たします。

脳脊髄液は、脳や脊髄のまわりを満たしている液体です。
グリンパティック系では、脳脊髄液が血管のまわりのすき間を通って脳内に入ります。
そして、脳の中の液体と混ざりながら、不要になった物質を外へ運び出す働きに関わります。

たとえるなら、夜のオフィス清掃のようなものです。

昼間に人が働いているあいだは、机や通路が使われているため、大きな掃除はしにくい。
しかし、夜になって人が少なくなると、清掃員が机のまわりや床のゴミを回収し、翌朝また使える状態に整えます。

睡眠中の脳でも、これに近いことが起きていると考えるとわかりやすいです。

深い睡眠中に、脳の掃除が進みやすくなる

グリンパティック系には、重要な特徴があります。
それは、起きているときよりも、睡眠中に働きが高まりやすいことです。

とくに、深いノンレム睡眠のときには、脳内の液体が流れやすくなり、不要になった物質の処理が進みやすくなると考えられています。

ノンレム睡眠とは、脳と身体を深く休ませる眠りのことです。
その中でも深いノンレム睡眠は、眠りの前半に多く現れます。

2013年、米国ロチェスター大学メディカルセンターのルル・シエ氏らが学術誌『Science』に発表した研究では、睡眠中に脳の細胞と細胞の間のすき間が広がり、脳脊髄液が流れやすくなることが報告されました。
その結果、脳の中で不要になった物質が運び出されやすくなると考えられています。

つまり、睡眠中の脳は、ただ休んでいるだけではありません。
起きているあいだに使われた脳の環境を、夜のあいだに整えていると考えられます。

日中の脳は、仕事、会話、判断、記憶、感情の処理などに多くのエネルギーを使っています。
脳は一日中、かなりの量の情報を処理し続けています。

だからこそ、夜の睡眠は単なる休息ではありません。
翌日の集中力や判断力を保つためにも、脳の環境を整える時間として大切なのです。

睡眠不足が続くと、脳の老廃物処理に影響する可能性がある

グリンパティック系が睡眠中に働きやすくなるという研究は、睡眠不足が脳に与える影響を考えるうえで重要です。

睡眠時間が短かったり、深い睡眠が十分にとれなかったりすると、脳内の不要な物質の処理が十分に進みにくくなる可能性があります。

ここで注意したいのが、先ほど出てきたアルツハイマー型認知症との関係が指摘されている要素の一つであるアミロイドβです。

2018年に学術誌『Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)』に掲載された、米国国立衛生研究所(NIH)・米国国立アルコール乱用・依存症研究所(NIAAA)のエフサン・ショクリ=コジョリ氏らの研究では、健康な成人20人を対象に、通常の睡眠をとった後と、一晩眠らずに過ごした後の脳を比較しました。

その結果、睡眠不足の後には、右海馬や視床といった一部の脳領域で、アミロイドβの蓄積が増えていたと報告されています。

ただし、これは「一晩徹夜したら認知症になる」という意味ではありません。

一晩の寝不足だけで、将来の認知症が決まるわけではありません。
認知症には、年齢、遺伝、血管の健康、生活習慣など、多くの要因が関係します。

それでも、慢性的な睡眠不足が長く続くと、脳の健康に悪影響を与える可能性があります。

たとえば、次のような生活が続いている人は注意が必要です。

平日は5〜6時間睡眠が当たり前になっている。
朝起きたときから頭が重い。
日中に強い眠気がある。
会議中に集中力が続かない。
休日だけ長く寝てしまう。
夜遅くまでスマホを見て、寝る時間が後ろにずれている。

このような状態が続くと、睡眠は単なる「足りない休憩時間」ではなくなります。

脳の環境を整えるための時間が、慢性的に削られている可能性もあるのです。

睡眠を削る前に、脳のメンテナンス時間を考えよう

現代社会では、脳を休ませる時間が少なくなりがちです。

仕事のメール。
会議。
人間関係。
家庭の予定。
ニュース。
SNS。
動画。
スマホの通知。

私たちは、起きているあいだずっと、脳に情報を入れ続けています。

仕事でも家庭でも、考えることが多い日々が続きます。

会社では、判断を求められる場面が重なる。
家庭では、予定や支出のことが頭に残る。
自分の体調や健康診断の数値も、少しずつ気になり始める。

そのような毎日だからこそ、睡眠時間を削って活動時間を増やすことには注意が必要です。

短期的には、夜に1時間長く起きていれば、時間が増えたように感じます。
しかし、翌日の集中力や判断力が落ちれば、同じ仕事に余計な時間がかかります。

睡眠は、時間を無駄にしている状態ではありません。

脳を翌日も使える状態に整えるための、大切なメンテナンス時間です。

まとめ:睡眠は脳を整える大切な時間

近年の研究では、睡眠中には脳内の不要な物質の処理が進みやすいことが示されています。
その仕組みとして注目されているのが、グリンパティック系です。

グリンパティック系は、脳脊髄液の流れを通じて、脳の中で不要になった物質を外へ運び出す働きに関わると考えられています。
とくに深い睡眠のときには、この働きが高まりやすい可能性があります。

もちろん、睡眠不足だけで認知症になると決まるわけではありません。
認知症には、年齢、遺伝、血管の状態、生活習慣、病気など、さまざまな要因が関係します。

それでも、睡眠が脳の健康を支える重要な生活習慣の一つであることは、軽く見ないほうがよいでしょう。

毎日5〜6時間睡眠が続いている。
朝から頭が重い。
日中に眠気がある。
集中力が落ちている。

このような状態があるなら、まずは睡眠時間を見直す価値があります。

睡眠中に脳を整える働きが進むのであれば、次に気になるのは、私たちは実際にどれくらい眠ればよいの
ということです。

「7時間がよいのか、8時間がよいのか」
「人によって必要な睡眠時間は違うのか」

睡眠時間について調べると、さまざまな数字が出てきます。
しかし、最適な睡眠時間は、単純に一つの数字だけで決められるものではありません。

睡眠時間の目安と、科学的に見えてきた考え方については、以下の記事で詳しく解説しています。

→  7時間?8時間?科学と遺伝子が導き出した「最適な睡眠時間」の結論

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