睡眠中に記憶はどう整理されるのか。海馬から大脳皮質へ進む「夜の記憶整理」

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睡眠は、覚えたことを脳に残す時間でもある

「人の名前が出てこない」
「会議で聞いた内容を、あとでうまく思い出せない」
「読んだはずなのに、頭に残っていない」

こうしたことは、誰にでもあります。

もちろん、疲れや注意力の低下、そのときの集中の度合いも関係します。
ただ、記憶の問題を考えるときに見落としやすいのが、眠っている間に脳で行われる整理の時間です。

私たちはふつう、記憶は「覚えた瞬間にそのまま保存される」と考えがちです。
しかし実際には、見たり聞いたりした情報は、その場でそのまま長く残るわけではありません。

日中に入った情報は、まず一時的にまとめられ、そのあと睡眠中に整理され、必要なものが残りやすい形へと変わっていきます。
この過程がうまく進むことで、学んだことや経験したことが、あとから使える記憶として残りやすくなります。

つまり、睡眠は日中に入った情報を、脳が整理し直す時間でもあります。

この記事では、睡眠中に記憶がどのように整理されるのかを、海馬と大脳皮質の役割を中心に見ていきます。
あわせて、睡眠不足がなぜ記憶に不利なのか、研究でどのようなことがわかってきたのかも整理します。

海馬と大脳皮質は、役割が違う

記憶の整理を考えるときに、まず知っておきたいのが海馬(かいば)と大脳皮質(だいのうひしつ)です。

海馬は、脳の奥にある小さな部位です。
新しく入ってきた出来事や情報を、記憶としてまとめるうえで重要な働きをしています。

一方、大脳皮質は脳の表面を広く覆う部分で、ものごとを考える、判断する、言葉を使うといった働きだけでなく、長く残る記憶にも関わっています。

この2つの関係は、たとえば次のように考えるとわかりやすいです。

海馬は、その日に入ってきた情報をいったん受け取る一時保管の場所。
大脳皮質は、その情報を長く残る記憶として整理していく場所です。

たとえば、会議で聞いた新しい内容、読んだ資料、覚えた操作手順、初めて会った相手の名前。
こうしたその日に入った情報を、新しい記憶としてまとめるときに重要な役割を果たすのが海馬です。

ただし、記憶は海馬に入っただけで完成するわけではありません。
あとで思い出せる形で定着していくには、眠っている間の整理が大きな役割を担っています。

日中に入った情報は、睡眠中に再活性化され、海馬だけにとどまるのではなく、大脳皮質を含むより広いネットワークへと整理されていきます。
これが、睡眠と記憶の関係を考えるうえで大切な土台です。

深いノンレム睡眠で進む「夜の記憶整理」

睡眠には、大きく分けてノンレム睡眠レム睡眠があります。

レム睡眠は、夢を見やすく、脳が比較的活発に働いている眠りです。
一方、ノンレム睡眠は、脳の活動がゆっくりになり、深い休息に向かう眠りです。

記憶の整理との関係で特に注目されているのが、深いノンレム睡眠です。

この時間帯には、日中に入った情報が脳の中で再活性化され、あとで使いやすい形へ整理されていくと考えられています。
そのとき重要なのが、徐波(じょは)、睡眠紡錘波(すいみんぼうすいは)、リップル波という3つの波の連携です。

まず徐波は、大脳皮質で見られるゆっくりとした大きな波です。
深いノンレム睡眠で目立ちやすく、睡眠中の大きなリズムをつくる土台のような役割を持つと考えられています。

次に睡眠紡錘波は、主にノンレム睡眠のN2などで見られる、短くまとまった特徴的な脳波です。
視床と大脳皮質のネットワークで生じ、学習内容の整理や定着と関係すると考えられています。

そしてリップル波は、海馬で見られる非常に速い波です。
日中に経験した情報が、海馬で短時間に再生されるような現象と関係していると考えられています。

重要なのは、これらがバラバラに起きるのではなく、タイミングを合わせるように連携しているという点です。

深いノンレム睡眠では、大脳皮質の徐波が大きなリズムをつくり、その中で睡眠紡錘波が現れ、さらに海馬のリップル波が関わる。
こうした連携によって、海馬に関わる新しい記憶が、大脳皮質を含む広いネットワークへ整理されやすくなるのではないかと考えられています。

ここはまだ研究が進んでいる途中の分野です。

ただ、睡眠中の記憶整理を考えるうえで、この徐波・睡眠紡錘波・リップル波の連携は、現在とても重要なテーマになっています。

睡眠不足は、翌日の「覚える力」も落としやすい

睡眠と記憶というと、「覚えたあとに眠ると、記憶が定着しやすい」という話がよく知られています。

これは、睡眠が学んだ内容を脳に残すことに関わる、という話です。

ただ、睡眠が記憶に関わるのは、学習した後だけではありません。
眠りが足りないと、翌日に新しく覚える力そのものも落ちやすくなります。

では、そのとき脳の中では何が起きているのでしょうか。

この点でよく引用されるのが、2007年に学術誌『Nature Neuroscience』に掲載された、当時ハーバード大学医学部などに所属していたユ・スンシク氏、マシュー・ウォーカー氏らの研究です。

この研究では、一晩眠らずに過ごした人と、十分に眠った人を比べ、新しい情報を覚えるときの脳の働きを調べました。

その結果、徹夜した人では、新しい情報を覚えるときに重要な海馬の活動が低下していました。
さらに、その後に行われた記憶テストの成績も、十分に眠った人より悪くなっていました。

つまり、この研究が示したのは、「徹夜すると眠くて集中しにくい」だけではありません。

睡眠不足の状態では、新しく入ってきた情報を記憶として受け取る脳の働きそのものが鈍りやすくなるということです。

これは、日常の仕事や学習にも関わります。

新しい手順を覚える。
会議で聞いた内容を整理する。
資料を読んで要点をつかむ。
相手の説明を理解し、その場で判断する。

こうしたことは、すべてまず新しい情報を受け取り、記憶として形にすることから始まります。

その入口の部分が、眠り不足によって弱まりやすくなる。
これが、睡眠不足が翌日の学習や仕事の理解力に影響する理由の一つです。

そのため、睡眠の役割を考えるときは、

  • 学んだことをあとで残しやすくする
  • 翌日に新しいことを覚えやすくする

この両方をセットで見ることが大切です。

香りの研究は、睡眠中の記憶再活性化をわかりやすく示している

睡眠中に記憶が整理されることを考えるうえで、よく知られているのが、香りを使った実験です。

2007年に学術誌『Science』に掲載された、ドイツのリューベック大学などの研究グループによる研究では、被験者に位置の記憶課題を行ってもらい、その学習中にバラの香りをかがせました。

その後、深いノンレム睡眠のときに、同じ香りをもう一度提示したところ、提示しなかった場合よりも翌日の記憶成績が高くなりました。

この結果は、睡眠中に学習時と結びついた手がかりを与えることで、海馬に関わる記憶の再活性化が促される可能性を示したものとして知られています。

もちろん、これだけで睡眠中の記憶の仕組みがすべて説明できるわけではありません。
ただ、「眠っている間の脳は何もしていない」のではなく、むしろ学んだ内容を扱い直していることを、非常にわかりやすく示した研究です。

睡眠は、意識がない時間です。
そのため外から見ると、ただ静かに休んでいるように見えます。

しかし脳の中では、学んだ内容が再活性化され、残すべきものとつなぎ直すべきものが整理されている。
そう考えると、睡眠は「学習が止まっている時間」ではなく、学習の後半が進んでいる時間とも言えます。

「覚えにくい」を、年齢だけで片づけないほうがよい

人は年齢とともに、深い睡眠が減りやすいことが知られています。
また、睡眠が浅くなったり、途中で目が覚めやすくなったりすることもあります。

こうした変化は、記憶とまったく無関係ではありません。
深いノンレム睡眠が減れば、徐波や睡眠紡錘波の出方も変わりやすくなり、記憶整理のしやすさにも影響する可能性があります。

ただし、ここで大切なのは、何でも年齢だけの問題にしないことです。

夜更かしが続いている。
就寝時間が不規則になっている。
寝る直前までスマートフォンやパソコンを見ている。
寝酒の習慣がある。
睡眠時間そのものが足りていない。

こうしたことでも、深い睡眠は取りにくくなります。

そのため、「最近覚えにくい」「頭に入りにくい」と感じたときに、すぐに年齢のせいと決めつける必要はありません。
まずは、睡眠の量と質が崩れていないかを見直す価値があります。

まとめ:睡眠は、学んだことを脳に残すための整理時間

日中に入った新しい情報は、海馬に関わりながら記憶として扱われ、睡眠中に再活性化されます。
特に深いノンレム睡眠では、徐波、睡眠紡錘波、リップル波の連携が、記憶の整理や定着に関わると考えられています。

また、眠りが足りないと、学んだことを残しにくくなるだけでなく、翌日に新しく覚える力も落ちやすくなります。
睡眠は、日中に得た情報をあとで使える形に整えるための、大切な時間です。

何かを覚えたいときは、勉強時間や作業時間だけでなく、その後の睡眠も含めて考える必要があります。
とくに、学んだ内容を定着させたいときは、夜更かしを続けるより、まず睡眠を確保するほうが結果的に効率的です。

睡眠中、脳は記憶を整理するだけではありません。
日中の活動で生じた老廃物の処理にも関わっていると考えられています。

脳の老廃物処理と睡眠の関係については、以下の記事で詳しく解説しています。

→  睡眠は「脳のメンテナンス時間」。老廃物を洗い流す仕組み、グリンパティック系とは?

参考URL

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