電車で眠れば、睡眠不足は取り戻せるのか
もう寝た方がいい時間なのに、まだ起きている。
明日はいつもより早く家を出なければならない。
このままでは睡眠時間が足りないとわかっていても、こう考えてしまうことがあります。
足りない分は、明日の通勤電車で少し眠ればいい。
通勤時間が長ければ、なおさらです。
座れれば、会社に着くまで少し眠れる。
その分、睡眠不足も少しは埋められるような気がします。
では、電車の中で眠ることは、本当に睡眠不足の足しになるのでしょうか。
結論から言うと、電車で眠ることは、まったく無意味ではありません。
短い仮眠としてなら、眠気を一時的に軽くすることがあります。
頭が少しすっきりしたり、朝のだるさがやわらいだりすることもあります。
ただし、それは夜の睡眠不足をそのまま取り戻した、という意味ではありません。
電車の中の睡眠は、浅く、途切れやすく、姿勢も不安定です。
夜のまとまった睡眠と同じように考えるには、かなり条件が違います。
通勤中の仮眠は、応急処置にはなります。
しかし、慢性的な睡眠不足を返す方法として考えるには、限界があります。
電車で眠ると少し楽になるのは本当
短い仮眠でも、眠気が少し軽くなることはあります。
頭がぼんやりしていた朝に、10分ほど目を閉じただけで少し楽になる。
これは多くの人が経験していることだと思います。
仮眠と認知機能の関係については、オーストラリアのフリンダース大学のニコール・ロヴァート氏とレオン・ラック氏が、2010年に学術誌『Progress in Brain Research』で発表したレビューがあります。
このレビューでは、日中の仮眠が眠気や認知機能にどのような影響を与えるかが整理されています。
その中で、5〜15分ほどの短い仮眠は、起きたあと比較的すぐに眠気や認知機能への効果が出やすく、その効果は1〜3時間ほど続くことがあるとされています。
つまり、短い仮眠には一定の意味があります。
一方で、30分を超える長い仮眠では、起きた直後に睡眠慣性(すいみんかんせい)が出ることがあります。
睡眠慣性とは、起きたあともしばらく脳が眠りから抜けきらず、だるさやぼんやり感が残る状態です。
朝の通勤電車での短い仮眠は、その日の眠気を軽くする助けにはなります。
しかし、慢性的な睡眠不足を帳消しにするものではありません。
電車の中で眠くなるのは、揺れだけが理由ではない
電車に乗ると眠くなる理由として、よく言われるのが「揺れ」です。
一定の揺れ
車内の音
座ったときの安心感
流れていく景色
こうした条件が重なると、たしかに眠気は出やすくなります。
揺れと睡眠の関係については、スイスのジュネーブ大学のオーロール・ペロー氏らが、2019年に学術誌『Current Biology』で発表した研究があります。
この研究では、健康な若い成人を対象に、ゆるやかに揺れるベッドで一晩眠った場合と、揺れないベッドで一晩眠った場合を比べています。
その結果、ゆるやかな揺れがある条件では、眠りに入るまでの時間が短くなり、夜中に目が覚める回数が少なくなったことが報告されています。さらに、深い睡眠が増え、記憶に関わる脳のリズムにも変化が見られました。
この研究からわかるのは、一定のゆるやかな揺れが、眠りに入りやすくしたり、睡眠を安定させたりすることがある、という点です。
ただし、この結果をそのまま通勤電車に当てはめることはできません。
研究で使われたのは、眠るために整えられたベッドです。
一方、通勤電車には車内放送があります。人の動きもあります。降りる駅も気になります。座った姿勢で眠るため、体も安定しません。
そのため、「電車の揺れがあるから、電車でも質のよい睡眠になる」とは考えない方がよいです。
電車の揺れは、眠気を誘うきっかけにはなるかもしれません。
しかし、通勤電車の睡眠は、夜のベッドでの睡眠とは条件が大きく違います。
眠りに入りやすいことと、深く安定して眠れることは別です。
通勤電車では、眠ったと思っても、その眠りは浅く、何度も途切れやすくなります。
通勤電車の睡眠は浅く、途切れやすい
通勤電車の睡眠は浅く、途切れやすい
通勤電車で眠っても、夜の睡眠と同じ流れにはなりにくいです。
夜の睡眠は、睡眠の4つのステージを行き来しながら進んでいきます。
浅い眠り、深い眠り、レム睡眠が一晩の中で切り替わることで、体と脳の回復が進みます。
一方、通勤電車では、その流れが作りにくくなります。
眠っている間も、周囲の刺激が完全になくなるわけではありません。
降りる駅への意識も、どこかに残っています。
そのため、眠っているつもりでも、実際にはまどろみのような浅い睡眠が中心になりやすくなります。
夜に5時間眠って、電車で1時間眠ったから合計6時間。
そのような単純な計算はしない方がよいです。
睡眠は、時間を足し算すれば同じになるものではありません。
もちろん、短い睡眠にも役割はあります。
ただ、夜のまとまった睡眠のように、深い睡眠やレム睡眠を含む流れを十分に作るには、電車の環境は向いていません。
座ったまま眠ると、体は完全には休みにくい
電車での睡眠が浅くなりやすい理由は、環境だけではありません。
姿勢の問題もあります。
ベッドで横になって眠ると、体の力を抜きやすくなります。
首、肩、背中、腰を支える必要が少ないため、体を預けた状態で眠れます。
しかし、電車では座ったまま眠ることがほとんどです。
座った姿勢では、体を倒さないように、首や背中の筋肉が働き続けます。
特に頭は重いため、首の筋肉には負担がかかります。
少し眠りが深くなると、筋肉の力が抜けます。
すると頭がカクッと落ち、その反動でハッと目が覚めることがあります。
通勤電車でよくある、いわゆる「首カックン」です。
これは、眠りに入りかけたところで、姿勢の不安定さによって起こされている状態です。
座ったままの睡眠は、体を完全に預けにくい睡眠です。
その分、深く安定した休息にはなりにくくなります。
すぐ眠れる人ほど、睡眠不足がたまっている可能性がある
人の眠気には、睡眠圧という考え方があります。
睡眠圧とは、起きている時間が長くなるほど高まる「眠りたい力」のことです。
朝起きてから時間がたつほど眠気がたまり、夜になると自然に眠くなります。
この睡眠圧には、アデノシンという物質も関係しています。
アデノシンは、起きて活動している間に脳内で増え、眠気に関わる物質として知られています。
十分に眠れば、睡眠圧は下がります。
しかし、睡眠不足が続くと、眠気は抜けきりません。
その状態で電車に座ると、脳はすぐに眠りへ向かいやすくなります。
電車に乗るたびに数分で眠ってしまう場合、それは「寝つきがよい」のではなく、「眠気が残っている」状態かもしれません。
ここで注意したいのが、マイクロスリープです。
マイクロスリープとは、本人がはっきり自覚しないまま、数秒ほど眠ってしまう現象です。
電車の中で一瞬意識が飛んだり、首がカクッと落ちたりすることがあります。
電車の中で起きるだけなら、大きな問題にならないこともあります。
しかし、これが車の運転中や危険を伴う作業中に起きれば、事故につながるおそれがあります。
通勤電車でいつも眠ってしまうこと自体を責める必要はありません。
ただ、それほど眠気が強い状態が続いているなら、夜の睡眠が足りているかを見直すサインにはなります。
電車の睡眠は「穴埋め」ではなく「一時しのぎ」
電車で眠ることは、悪いことではありません。
ただし、それを睡眠不足の穴埋めとして考えると、話がずれてしまいます。
通勤中の仮眠は、あくまで一時しのぎです。
眠気を少し軽くすることはあっても、慢性的な睡眠不足を返す方法にはなりにくいです。
厚生労働省の「健康づくりのための睡眠ガイド2023」でも、休日に長時間の睡眠が必要な場合は、平日の睡眠時間が不足しているサインであり、平日に十分な睡眠時間を確保できるよう睡眠習慣を見直す必要があるとされています。
これは休日の寝だめについての説明ですが、電車での仮眠にも近い部分があります。
毎日のように電車で寝落ちしているなら、見るべきなのは電車で何分眠れたかではありません。
なぜ、電車に座っただけで眠ってしまうほど眠いのか。
夜の睡眠時間は足りているのか。
帰宅後の過ごし方で、眠る時間が削られていないか。
そこを見直さない限り、電車の仮眠だけで体を立て直すのは難しくなります。
まとめ
電車で寝ることは、まったく無意味ではありません。
短い仮眠として使えば、眠気を一時的に軽くしたり、頭を少しすっきりさせたりすることはあります。
ただし、通勤電車での睡眠は、夜のまとまった睡眠とは違います。
車内の音や揺れ
降りる駅への意識
座ったままの姿勢
こうした条件の中では、眠りは浅く、途切れやすくなります。
そのため、夜に5時間しか眠れなかった分を、電車の中でそのまま取り戻すような考え方はしない方がよいです。
電車での仮眠は、睡眠不足の返済ではなく、眠気への応急処置です。
朝の短い仮眠なら助けになることがあります。
通勤中に眠ってしまうこと自体を責める必要はありません。
ただ、毎日のように電車で寝落ちしているなら、それは体が休息を求めているサインかもしれません。
電車でどれだけ眠れるかよりも、夜の睡眠がなぜ足りなくなっているのか。
そこを見ることが、睡眠不足を減らすための出発点になります。
そもそも、日本人は普段どれくらい眠れているのでしょうか。
日本人の平均睡眠時間としてよく紹介される「7時間22分」という数字があります。
この数字から見える睡眠不足の現実については、こちらの記事で詳しく見ていきます。
→ 日本人の平均睡眠時間7時間22分の真実。短い睡眠はどこから問題になるのか
参考URL
- 厚生労働省:健康づくりのための睡眠ガイド2023
Sleep Guide for Health Promotion 2023
https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001181265.pdf - 学術誌『Progress in Brain Research』:仮眠が眠気や認知機能に与える影響をまとめたレビュー
The effects of napping on cognitive functioning
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21075238/ - 学術誌『Current Biology』:ゆるやかな揺れが睡眠と記憶に与える影響を調べた研究
Whole-Night Continuous Rocking Entrains Spontaneous Neural Oscillations with Benefits for Sleep and Memory
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30686735/
