疲れているのに、布団に入ると仕事のことが浮かんでくる
一日の仕事を終えて、ようやく布団に入る。
体は疲れているし、少し前までは眠かった。それなのに、電気を消して目を閉じた途端、仕事のことが頭に浮かんでくる。
「今日のあの対応でよかったのだろうか」
「明日の会議では何を話そう」
「そういえば、あのメールにまだ返信していない」
ひとつ思い出すと、そこから別の仕事へと考えがつながっていきます。気づけば30分、1時間と経ち、いつの間にか眠気まで消えている。
なぜ、こんなことが起こるのでしょうか。
ひとつの理由として考えられるのが、布団に入ると、昼間に比べて外から入ってくる情報が一気に少なくなることです。
日中は、人との会話、メール、電話、資料作成、移動、スマートフォンなど、次から次へと新しい情報が入ってきます。
ところが寝室に入り、照明を落とし、目を閉じると、それまで注意を向けていたものが急に少なくなります。
すると、昼間にはほかのことに隠れていた考えが、頭に浮かびやすくなります。
特に残りやすいのが、まだ終わっていない仕事や、答えの出ていない問題です。
終わっていない仕事は、家に帰ってからも頭に残る
2014年、ドイツのトリーア大学で労働・組織心理学を研究していたクリスティーネ・J・シレク(Christine J. Syrek)氏と、同大学教授のコニー・H・アントニ(Conny H. Antoni)氏は、89人の会社員を5週間にわたって調べました。研究の目的は、その週に終えられなかった仕事が、週末の考え事や睡眠にどのように関係するのかを調べることでした。
参加者は毎週金曜日、仕事を終えて帰る前にオンラインで質問に答えました。そこでは、「その週の仕事をどれくらい終えられなかったと感じているか」、「仕事にどれくらい追われていたか」などを聞きました。
そして翌週の月曜日、仕事を始める前にもう一度質問に答えてもらいました。今度は、「週末に仕事のことをどれくらい繰り返し考えていたか」、「週末によく眠れたか」などを振り返ってもらいました。
つまり、この研究では、金曜日の時点で「どれくらい仕事が残っていると感じていたか」を確認し、その後の週末にどんなことを考え、どのように眠ったかを月曜日に調べています。単に「仕事が気になる人は眠れないのか」と一度だけ質問したわけではなく、5週間にわたって毎週同じ流れで調査したのです。
その結果、金曜日の時点で「その週の仕事をまだ終えられていない」と強く感じていた週ほど、週末になっても仕事のことを何度も考えやすく、睡眠の状態も悪い傾向がみられました。
研究者たちは、「単に忙しかったからではないか」という点も調べています。しかし、仕事に追われていたことの影響を考慮しても、仕事が終わっていないという感覚は、週末に仕事について考え続けることや睡眠と関係していました。
シレク氏らは、その後もこの問題を調べています。
2017年には、ドイツのトリーア大学、ハーゲン大学、ルール大学ボーフム校の研究者らが、59人の会社員を12週間にわたって追跡しました。参加者には毎週、金曜日と翌週月曜日に質問へ答えてもらい、金曜日と月曜日の回答を1組として、合計357組の記録を集めました。
この研究では、仕事について考えるときに、不安やいら立ちなどの嫌な感情を伴う場合と、仕事上の問題をどう解決するか考える場合を分けて調べました。
その結果、その週に終わっていない仕事が多いほど、週末にも仕事のことを不安やいら立ちとともに考えやすくなり、それが睡眠の悪化と関係していました。
一方で、解決方法を考えるような場合には、睡眠の悪化につながる同じような関係は確認されませんでした。
つまり、仕事について考えること自体が睡眠に悪いわけではありません。仕事のことをどのように考えているかによって、睡眠との関係が違っていたのです。
布団に入ること自体が、仕事を考えるきっかけになる
最初は、仕事そのものがきっかけだったかもしれません。
仕事で気になることがある。
布団に入ってから、そのことを考える。
なかなか眠れない。
翌日もまた、布団の中で仕事について考える。
これが何度も続くと、やがて布団に入ること自体が、仕事のことを考え始めるきっかけになることがあります。
人の脳には、ある場所や状況と、そこで何度も起きたことを結びつけて覚える働きがあります。
睡眠でも、眠る場所で何を繰り返しているかが、その場所に入ったときの反応に影響すると考えられています。
本来、布団は眠る場所です。
ところが、毎晩そこで仕事のことを考えたり、眠れないことを気にしたりする時間が長くなると、布団は「眠る場所」であると同時に、「考え事をする場所」「目が冴える場所」にもなっていく可能性があります。
すると、特に大きな仕事上の問題がない日でも、布団に入った途端に仕事のことが浮かんだり、急に頭が冴えたりすることがあります。
最初は、
「仕事が気になるから、布団の中で考える」
という流れだったものが、
「布団に入ると、仕事のことを考え始める」
という流れに変わっていくのです。
不眠症の治療でも「眠る場所との結びつき」が重視されている
この考え方は、不眠症の治療にも取り入れられています。
不眠症に対する認知行動療法には、「刺激制御療法」と呼ばれる方法があります。
名前は少し難しいですが、考え方は単純です。
布団と、長く目を覚ましていることや考え事をすることとの結びつきを弱め、「布団=眠る場所」という関係をもう一度強くしていく方法です。
米国睡眠医学会(AASM)が2021年に発表した慢性不眠症の治療ガイドラインでも、この方法は治療法のひとつとして挙げられています。
この方法では、眠くなってから布団に入り、眠れない状態が続いた場合はいったん布団から出て、再び眠くなってから戻ることなどが勧められています。
その目的は、単に「眠れないなら場所を変えましょう」ということではありません。
布団の中で長い時間目を覚ましていることを繰り返さず、眠る場所と睡眠との結びつきを保つことにあります。
ただし、
「布団の中で考え事をしたから、脳が布団を『考え事をする場所』だと覚えてしまった」
とまで単純に言い切ることはできません。
2023年、カナダのラヴァル大学などの研究チームが、刺激制御療法について過去の研究をまとめて分析しました。
この研究では、1972年から2022年6月までに発表された研究を調べ、そのうち条件を満たした23件の研究を対象に、刺激制御療法が不眠の改善にどの程度役立つのか、また、どのような仕組みで効果が現れると考えられているのかを検討しました。
その結果、刺激制御療法は、何もしない場合などと比べて不眠の改善に役立つことが示されました。
しかし、研究チームは、刺激制御療法が不眠の改善に役立つことを確認する一方で、「眠る場所と目が冴えている状態との結びつきを弱める」という説明だけでは、その効果をすべて説明できない可能性も指摘しています。
つまり、眠る場所と目が冴えている状態が結びつくという考え方は、不眠が続く仕組みを理解するうえで重要ですが、それだけですべてを説明できるわけではありません。
それでも、
布団に入る
↓
仕事について考える
↓
眠れない
↓
また次の夜も布団の中で考える
という経験を何度も繰り返すうちに、布団に入ることそのものが、仕事のことを考え始めるきっかけになっていく可能性があります。
そのため、布団に入っても眠れず、仕事のことやほかの考え事が続く場合には、そのまま布団の中で考え続けず、いったん布団から出ます。そして、再び眠くなってから布団に戻ります。
こうすることで、「布団の中で長く目を覚まして考え続ける」という状態を繰り返さないようにします。
布団の中で考え続けないための方法のひとつ
布団に入る前に、これから先にやらなければならないことを紙に書き出しておく方法があります。
2018年、米国ベイラー大学のマイケル・K・スカリン(Michael K. Scullin)氏らは、18〜30歳の健康な成人57人を対象に、寝る前に紙へ書く内容によって、眠りにつくまでの時間に違いが出るかを調べました。
参加者は2つのグループに分けられました。
一方のグループには、寝る前の5分間に、「明日と、その後数日間に、忘れずにやらなければならないこと」を紙に書いてもらいました。内容は仕事だけに限られておらず、これから先にやらなければならないこと全般です。
もう一方のグループには、「その日に終えたことと、その前の数日間に終えたこと」を書いてもらいました。
その後、参加者の睡眠を睡眠検査によって測定しました。
その結果、これから先にやらなければならないことを書いたグループの方が、すでに終えたことを書いたグループよりも、眠りにつくまでの時間が短くなりました。
さらに、これから先にやらなければならないことを、より具体的に詳しく書いた人ほど、早く眠る傾向もみられました。
もちろん、この57人を対象とした一つの研究だけで、「寝る前に予定を書けば誰でも早く眠れる」とは言えません。
ただ、仕事のことが頭に残っている場合には、布団に入る前に、翌日以降にしなければならない仕事を紙に書き出しておくという方法も考えられます。
また、布団に入ってから仕事のことが次々と浮かんできた場合には、そのまま布団の中で考え続けず、いったん布団から出ます。そして別の場所で、翌日以降にしなければならない仕事や、まだ終わっていない仕事を書き出し、再び眠くなってから布団に戻ります。
これは、「仕事のことを考えてはいけない」と無理に頭から追い出すためではありません。布団の中で仕事について長く考え続けることを繰り返さず、仕事について考える時間と、眠る場所をできるだけ分けるためです。
まとめ:布団は「考える場所」ではなく「眠る場所」にする
布団に入ると仕事のことを考えてしまう背景には、まだ終わっていない仕事や気になっていることが、仕事を終えたあとも頭に残っていることが関係しています。
2014年、ドイツのトリーア大学が行った研究では、その週に終わっていない仕事が多いほど、週末にも仕事について考えやすくなり、睡眠の悪化と関係することが示されました。
さらに2017年、トリーア大学、ハーゲン大学、ルール大学ボーフムの研究者らが行った研究では、仕事について考えるときに、不安やいら立ちなどの嫌な感情を伴う場合と、仕事上の問題をどう解決するか考える場合を分けて調べました。
その結果、睡眠の悪化と関係していたのは、不安やいら立ちなどの嫌な感情を伴って仕事について考える場合でした。
そして、布団の中で仕事について考え、眠れないという状態を何度も繰り返していると、やがて布団に入ること自体が、仕事について考え始めるきっかけになる可能性があります。
不眠症の治療で使われる刺激制御療法でも、布団と長く目を覚ましている状態との結びつきを弱め、「布団=眠る場所」という関係を保つことが重視されています。
そのため、布団に入っても眠れず、仕事のことやほかの考え事が続く場合には、そのまま布団の中で考え続けず、いったん布団から出て、再び眠くなってから戻るという方法があります。
また2018年、米国ベイラー大学の研究では、寝る前の5分間に「明日と、その後数日間に、忘れずにやらなければならないこと」を書いた人たちは、すでに終えたことを書いた人たちよりも、眠りにつくまでの時間が短くなりました。
仕事のことが頭に残っている場合には、布団に入る前に翌日以降にしなければならない仕事を書き出しておくことも、ひとつの方法です。
大切なのは、仕事のことを無理に考えないようにすることではありません。
布団の中で仕事について長く考え続ける状態をできるだけ繰り返さず、仕事について考える時間と、眠る場所をできるだけ分けることです。
では、布団に入る前に予定や不安を書き出しておく方法には、どのくらい睡眠への効果があるのでしょうか。
参考URL
- ドイツ・トリーア大学:終わらなかった仕事と、週末にも仕事について考え続けること、睡眠との関係を89人の会社員で5週間調べた研究
Unfinished Tasks Foster Rumination and Impair Sleeping—Particularly if Leaders Have High Performance Expectations
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24933596/ - ドイツ・トリーア大学、ハーゲン大学、ルール大学ボーフム:59人の会社員を12週間追跡し、終わっていない仕事、仕事についての考え方、週末の睡眠との関係を調べた研究
Zeigarnik’s Sleepless Nights: How Unfinished Tasks at the End of the Week Impair Employee Sleep on the Weekend Through Rumination
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27101340/ - 米国睡眠医学会(AASM):慢性不眠症に対する認知行動療法や、刺激制御療法などについてまとめた臨床ガイドライン
Behavioral and Psychological Treatments for Chronic Insomnia Disorder in Adults: An American Academy of Sleep Medicine Clinical Practice Guideline
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7853203/ - カナダ・ラヴァル大学:不眠症の治療で使われる刺激制御療法について、過去の研究をまとめて効果と仕組みを検討した研究
The Effectiveness of Stimulus Control in Cognitive Behavioural Therapy for Insomnia in Adults: A Systematic Review and Network Meta-analysis
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37586843/ - 米国・ベイラー大学:寝る前の5分間に「明日と、その後数日間にやらなければならないこと」を書いた場合と、「その日と、その前の数日間に終えたこと」を書いた場合で、眠りにつくまでの時間を比較した研究
The Effects of Bedtime Writing on Difficulty Falling Asleep: A Polysomnographic Study Comparing To-Do Lists and Completed Activity Lists
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29058942/
