眠る前には「体の中」と「手足」で逆のことが起きている
「夜、眠くなると手足がポカポカと温かくなる」
そんな経験がある人は多いのではないでしょうか。
手足が温かくなると、体全体の温度も上がっているように感じるかもしれません。
しかし、眠りにつく前の体では、少し不思議な変化が起きています。
手や足の皮膚温は上がっているのに、体の内部の「深部体温」は少しずつ下がっていくのです。
これは矛盾しているわけではありません。
手足が温かくなるのは、体の中にある熱を外へ逃がすためです。
体内の熱が血液によって手足まで運ばれ、皮膚から外へ放散されることで、体の内部の温度が下がりやすくなります。
つまり眠る前には、
「手足は温かくなる」
一方で、
「体の中は少しずつ冷えていく」
という逆方向の変化が同時に起きています。
この体温の変化は、人が眠りに入る過程と深く関係しています。
では、そもそも「深部体温」とは何なのでしょうか。
深部体温とは?体の内部には1日の温度リズムがある
私たちが普段「体温」と呼んでいるものにも、いくつか種類があります。
この記事で重要なのが「深部体温」と「皮膚温」です。
深部体温とは、脳や内臓など体の内部の温度のことです。
人間の体は、外の気温が変化しても、重要な臓器が正常に働けるように、体の内部の温度を比較的一定に保っています。
一方、皮膚温は手足や顔など、体の表面の温度です。
皮膚温は外気温や血流の影響を受けやすく、深部体温よりも大きく変化します。
寒いところにいると手が冷たくなり、暖かいところでは手が温かくなるのも、 このためです。
深部体温は1日の中で変化する
深部体温は、ずっと同じ温度を保っているわけではありません。
約24時間の周期で変化する「概日リズム」に合わせて、1日の中でゆっくり上下しています。
一般的には朝から日中にかけて上昇し、夕方から夜にかけて高くなります。
その後、夜になると少しずつ低下し、明け方に低い状態になります。
そして朝になると、再び上昇していきます。
このリズムに関わる中心的な場所が、脳の視床下部にある「視交叉上核(しこうさじょうかく)」です。
視交叉上核は、光などの情報をもとに体内時計を調整し、睡眠や覚醒、ホルモン分泌、体温などの1日のリズムに関わっています。
眠る前に深部体温が低下していくのも、この1日のリズムと関係しています。
眠る前に深部体温は下がっていく
夜になり、普段眠る時間が近づくと、深部体温は徐々に下降していきます。
この変化は、眠りについたあとに突然始まるわけではありません。
寝る前からすでに体温の変化は始まっています。
また、深部体温が下降していく時間帯は、眠気が強くなっていく時間帯とも重なっています。
そのため、
「深部体温が下がると眠くなる」
と説明されることがあります。
ただし、ここには注意が必要です。
深部体温が下がったことだけが原因となって、睡眠が始まるわけではありません。
睡眠には体内時計のリズムや、長く起きていることで高まる睡眠圧、光、ストレス、緊張など、さまざまな要素が関係しています。
深部体温の低下は、その中で起きる重要な生理的変化の一つです。
つまり、
「深部体温が下がれば自動的に眠れる」
というより、
「体が睡眠へ向かっていく一連の変化の中で、深部体温も下がっていく」
と考えた方が正確です。
そして、この深部体温の低下に関係しているのが、手足などからの熱放散です。
手足は「熱を逃がすラジエーター」
車のエンジンには、内部にたまった熱を外へ逃がすためのラジエーターがあります。
人間の手足にも、それと少し似た役割があります。
もちろん、人間の体が車と同じ仕組みで動いているわけではありません。
しかし、体内の熱を外へ逃がす場所として考えると、イメージしやすくなります。
眠る前には、おおまかに次のような変化が起こります。
まず、手足の血管が広がります。
すると、体の内部にある温かい血液が手足へ流れやすくなります。
手足の皮膚温が上がり、皮膚から周囲へ熱が放散されます。
その結果、体全体として外へ逃げる熱が増え、深部体温が低下していきます。
つまり、
「手足が温かくなるから体温が上がる」
のではありません。
「体の中の熱を外へ逃がしているため、手足が温かくなる」
と考える方が近いのです。
手足と体幹の温度差「DPG」と寝つきの関係
睡眠と体温の関係を調べる研究では、「DPG」という指標が使われることがあります。
DPGは、
「Distal-Proximal Skin Temperature Gradient」
の略です。
日本語では「末梢-中枢皮膚温度差」などと呼ばれます。
少し難しい言葉ですが、考え方はそれほど複雑ではありません。
手足などの末梢部分の皮膚温と、体幹など体の中心に近い部分の皮膚温を比べる指標です。
日中は、一般的に体幹の方が温かく、手足の方が冷たい状態になっています。
そのため、手足の温度から体幹の温度を引くと、DPGはマイナスの値になります。
ところが眠る時間が近づくと、手足の血流が増えて皮膚温が上がります。
すると、手足と体幹の温度差が縮まっていきます。
その結果、DPGの値はゼロ方向へ上昇していきます。
この変化は、末梢からの熱放散が進んでいる状態と関係しています。
1999年、クロイカルらが調べた「手足の温度と入眠」
手足からの熱放散と寝つきの関係を調べた代表的な研究が、1999年に科学誌『Nature』に発表された、スイス・バーゼル大学精神科病院のカート・クロイカル(Kurt Kräuchi)らの研究です。
研究グループは、深部体温、手足などの末梢皮膚温、体幹部の皮膚温、メラトニン、主観的な眠気などを測定し、それらが眠りにつくタイミングとどのように関係するのかを調べました。
研究で注目されたのが、手足などの末梢部と体幹部の皮膚温の差を示すDPGでした。
眠る時間が近づくと、手足の血管が広がり、手足の皮膚温が上がっていきます。
その結果、手足と体幹の温度差が縮まり、DPGの値は上昇していきます。
クロイカルらが複数の生理指標と入眠までの時間との関係を調べたところ、手足の皮膚血管がどの程度広がっているかを反映するDPGが、速い入眠を最もよく予測する生理学的指標でした。
つまり、単純に、
「深部体温がどれくらい低いか」
を見るだけではなく、
「手足の血管が広がり、熱を外へ逃がせる状態になっているか」
を見ることが、寝つきを考えるうえで重要だったのです。
この研究は、眠る前の体温変化を、単なる「体温低下」としてではなく、手足からの熱放散を含めた一連の変化として考える重要性を示しました。
皮膚を少し温めると寝つきは変わるのか
クロイカルらの研究では、手足からの熱放散と寝つきとの強い関係が示されました。
では、実際に皮膚の温度を変えると、眠りにつくまでの時間も変化するのでしょうか。
この点を実験的に調べたのが、オランダ神経科学研究所のロイ・レイマン(Roy J. E. M. Raymann)、ディック・スワーブ(Dick F. Swaab)、エウス・ファン・ソメレン(Eus J. W. Van Someren)らです。
2005年、健康な成人8人で皮膚温を操作
2005年に発表された研究では、健康な成人8人を対象に、快適と感じられる温度の範囲内で、深部体温や皮膚温をわずかに変化させました。
研究では、合計144回、横になってから眠りにつくまでの時間が測定されています。
その結果、体幹に近い部分の皮膚温を平均約0.8℃変化させると、入眠までの時間が約26%変化しました。
時間にすると平均約3分の差です。
体幹に近い皮膚を温めた条件では、より早く眠りにつきました。
一方、この実験では、深部体温や手足の皮膚温を同程度の範囲で変化させても、同じような効果は確認されませんでした。
この研究の重要な点は、単に「皮膚温が高い人ほど眠りやすかった」という観察だけではなく、研究者が皮膚温を実際に操作したときにも、入眠までの時間が変化したことです。
研究者らは、通常の夜間に起こる程度の小さな皮膚温の変化でも、睡眠の始まりに影響する可能性があるとしています。
高齢者や不眠がある人でも同じなのか
レイマンらは、その後、高齢者を対象にした研究も行っています。
2008年に発表された研究では、睡眠に大きな問題のない高齢者8人と、不眠を訴える高齢者8人の合計16人が参加しました。
研究はオランダ神経科学研究所の睡眠研究室で行われました。
研究者らは、快適な温度の範囲内で皮膚温や深部体温を少しずつ変化させながら、脳波などを用いる睡眠検査で、合計288回、横になってから眠りにつくまでの時間を測定しました。
その結果、体幹に近い皮膚の温度を約0.4℃上げた場合、睡眠に問題のない高齢者では入眠までの時間が約18%短くなりました。
時間にすると約1.8分です。
不眠を訴える高齢者では、約28%、時間にすると約2.9分短くなりました。
この結果は、若い成人だけではなく、高齢者や不眠を訴える人でも、わずかな皮膚温の変化と眠りにつきやすさが関係することを示しています。
ただし、この研究の対象者は16人と多くありません。
そのため、この数字をそのまま全ての人に当てはめることはできません。
それでも、1999年のクロイカルらの研究で示された「体温と入眠の関係」に加えて、皮膚温を実際に操作した研究でも同じ方向の結果が得られていることは重要です。
深部体温を下げる=体を冷やせばいい、ではない
ここまで読むと、
「深部体温が下がると眠りやすいなら、寝る前に体を冷やせばいいのでは?」
と思うかもしれません。
しかし、深部体温が自然に下がっていくことと、外から体を強く冷やすことは同じではありません。
人間の体は寒さを感じると、体内の熱を逃がさないようにする反応を起こします。
その一つが、手足などの末梢血管を収縮させることです。
血管が細くなると、手足への血流が減ります。
すると、体の内部にある熱を皮膚まで運びにくくなり、熱放散も起こりにくくなります。
つまり、
「深部体温を下げたいから、体をできるだけ冷たくする」
という単純な考え方ではありません。
重要なのは、体の内部にある熱が外へ逃げていくという体温調節の流れです。
1999年のクロイカルらの研究でも、速い入眠を最もよく予測したのは、単純な深部体温の低さではなく、手足の皮膚血管が広がって熱を放散できる状態でした。
また、2005年と2008年のレイマンらの研究では、快適な温度範囲の中で皮膚をわずかに温めることで、入眠までの時間が短くなる結果が得られています。
このことからも、
「眠るためには体を冷たくすればいい」
という説明では不十分です。
体温だけで睡眠が決まるわけではない
ここまで体温と寝つきの関係を見てきましたが、人間の睡眠は体温だけで決まるわけではありません。
睡眠には、大きく分けて「体内時計」と「睡眠圧」という2つの仕組みが関係しています。
体内時計は、約24時間のリズムに合わせて、眠りやすい時間や覚醒しやすい時間を調整しています。
一方の睡眠圧は、起きている時間が長くなるほど高まっていきます。
これらに加えて、光、ストレス、考え事、生活リズムなども寝つきに影響します。
そのため、深部体温や皮膚温の状態だけを整えれば、必ずすぐに眠れるというわけではありません。
体温の変化は、睡眠へ向かう一連の生理的変化の中の重要な要素の一つです。
まとめ:眠る前は、手足から熱を逃がして深部体温が下がっていく
眠る前には、体の中と手足で一見反対のような変化が起こります。
深部体温は徐々に低下していく一方で、手足の皮膚温は上昇します。
これは、手足の血管が広がって血流が増え、体内の熱を皮膚から外へ逃がしているためです。
1999年のカート・クロイカルらの研究では、手足と体幹の皮膚温の差を示すDPGが、測定された生理指標の中で、速い入眠をよく予測する指標でした。
さらに、2005年のロイ・レイマンらの研究では、健康な成人の皮膚温を実際に操作したところ、体幹に近い皮膚をわずかに温めることで、入眠までの時間が短くなりました。
2008年に高齢者を対象として行われた研究でも、体幹に近い皮膚温をわずかに上げることで、入眠までの時間が短くなる結果が確認されています。
つまり、眠る前に起きているのは、単純に「体が冷える」という現象ではありません。
手足などから熱を外へ逃がし、その結果として深部体温が低下していくという体温調節の流れがあります。
ただし、深部体温が下がれば必ず眠れるわけではありません。
睡眠には、体内時計や睡眠圧、光、ストレスなど複数の要因が関係しています。
深部体温の低下や手足からの熱放散は、その中で眠りに入る過程と深く関係している生理的な変化の一つです。
では、この体温調節と、寝る前の入浴にはどのような関係があるのでしょうか。
参考URL
- スイス・バーゼル大学精神科病院:手足の皮膚血管拡張と、眠りにつくまでの時間との関係を調べた研究
Warm feet promote the rapid onset of sleep
https://www.nature.com/articles/43366 - オランダ神経科学研究所:健康な成人の皮膚温を実験的に変化させ、入眠までの時間への影響を調べた研究
Skin deep: enhanced sleep depth by cutaneous temperature manipulation
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15677527/ - オランダ神経科学研究所:健康な高齢者と不眠を訴える高齢者を対象に、皮膚温の変化と入眠までの時間を調べた研究
Skin temperature and sleep-onset latency: changes with age and insomnia
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18788655/
