寝る前に運動すると眠れなくなる?
「寝る前に運動すると、体が興奮して眠れなくなる」
このように聞いたことがある人も多いでしょう。
実際、運動をすると心拍数が上がり、筋肉で熱が作られるため、深部体温も上昇します。そのため、以前は夜遅い時間の運動は睡眠を妨げると考えられてきました。
しかし、現在の研究を見ると、夜に運動したからといって、必ず睡眠が悪くなるわけではありません。
重要なのは、「夜に運動したかどうか」だけではなく、どのくらい激しい運動をしたのか、そして運動を終えてから寝るまでにどのくらい時間があったのかです。
では、実際の研究ではどのような結果が出ているのでしょうか。
2019年、夜の運動について23件の研究をまとめて調べた研究
2019年、スイス・連邦工科大学チューリッヒ校のヤン・シュトゥッツ氏らは、「夜に運動すると本当に睡眠が悪くなるのか」を確かめるため、それまでに発表されていた研究をまとめて分析しました。
対象になったのは、健康な成人が夜に1回運動した場合と、運動をしなかった場合の睡眠を比較した研究です。
研究チームは、医学や心理学の複数の研究データベースから関連する論文を探しました。最初に見つかった文献候補は11,717件で、そこから重複したものや条件に合わないものを除き、最終的に23件の研究を分析しました。
それぞれの研究では、
眠りにつくまでの時間、
全体の睡眠時間、
ベッドにいる時間のうち実際に眠っていた割合である睡眠効率、
深いノンレム睡眠、
REM睡眠、
夜中に目が覚めていた時間などが調べられていました。
また、単に「夜に運動したかどうか」だけではなく、運動の強さや、運動を終えてから就寝までにどのくらい時間があったのかによって、睡眠への影響が変わるかも調べています。
分析の結果、夜に運動した研究全体をまとめても、睡眠が悪化したという結果にはなりませんでした。
深いノンレム睡眠の割合は、運動をしなかった場合より平均1.3ポイント増えていました。
また、REM睡眠が始まるまでの時間は平均7.7分長くなり、最も浅い睡眠であるステージ1睡眠の割合は平均0.9ポイント少なくなっていました。
ただし、これらの数字から「夜に運動すると睡眠が大きく良くなる」と考えるのは適切ではありません。
この研究で重要なのは、23件の研究をまとめてみても、
「夜に運動すること自体が睡眠を悪化させる」
という結果にはならなかったことです。
一方で、運動を行う時間と強さによっては違いもみられました。
激しい運動を就寝1時間以内まで行った場合には、眠りにつくまでの時間が長くなり、全体の睡眠時間や睡眠効率が悪化する傾向がみられています。
つまり、研究全体を見ると、「夜に運動したから眠れない」と一律に考えるのではなく、どのくらい激しい運動を、寝る何時間前まで行ったのかを見る必要があります。
2021年、高強度の運動だけに絞って15件の研究を調べた研究
では、心拍数が大きく上がるような激しい運動の場合はどうでしょうか。
2021年、カナダ・コンコルディア大学のエマニュエル・フリンポン氏らは、夜に行う高強度運動と睡眠について、それまでに発表された研究をまとめて分析しました。
この研究では、高強度運動を扱った15件の研究、合計194人のデータが分析されました。
対象者は18〜50歳の健康な成人です。
普段からよく運動している人だけではなく、あまり運動習慣のない人も含まれていました。
研究によって運動内容は異なりますが、高強度の有酸素運動やインターバル運動など、心拍数や運動負荷が大きく上がる運動が対象になっています。
運動を終えてから就寝までの時間も研究ごとに異なり、およそ30分から4時間の範囲でした。
睡眠の測定には、脳波や眼球運動などを測るポリソムノグラフィー、体の動きから睡眠と覚醒を推定するアクチグラフィー、本人による睡眠の評価などが使われています。
研究全体をまとめると、高強度運動をした日は、運動をしなかった場合よりREM睡眠の割合が平均2.34ポイント少なくなっていました。
一方で、
眠りにつくまでの時間、
全体の睡眠時間、
睡眠効率、
夜中に目が覚めていた時間などには、研究全体として明確な悪化は確認されませんでした。
さらに研究チームは、運動を終えてから寝るまでの時間にも注目しました。
就寝の2〜4時間前に高強度運動を終えた研究では、健康な若年から中年の成人の睡眠を大きく妨げる結果はみられませんでした。
一方、就寝直前に近い時間まで高強度運動を続けた研究では、眠りにつくまでの時間が長くなったり、睡眠時間が短くなったりする傾向がみられています。
つまり、
「高強度の運動だから夜はダメ」
と単純に考えることはできません。
運動の強さだけではなく、運動を終えてから寝るまでにどのくらい時間があるのかも関係していると考えられます。
寝る90分前まで運動した12人の実験
大きな研究をまとめた分析だけでは、実際にどのような運動をしたのかが見えにくいことがあります。
そこで、具体的な実験も見てみましょう。
2019年にオンライン公開されたオーストラリア・セントラルクイーンズランド大学のディーン・J・ミラー氏らの研究では、健康な若い男性12人を対象に、夜の有酸素運動と筋力トレーニングが睡眠にどのような影響を与えるのかを調べました。
参加者の平均年齢は21.9歳です。
この実験では、参加者を別々のグループに分けたのではありません。
同じ12人が日を変えて、
運動をしない日、
有酸素運動をする日、
筋力トレーニングをする日、
という3つの条件をすべて経験しました。
同じ人の睡眠を条件ごとに比べることで、人による睡眠の違いの影響を小さくできます。
運動は20時45分から21時30分まで行われました。
就寝時刻は23時です。
つまり、運動を終えてから寝るまでの時間は約90分でした。
有酸素運動の日には、自転車運動を30分間行いました。
運動の強さは最大心拍数の約75%です。軽い散歩ではなく、ある程度しっかり負荷のかかる運動です。
筋力トレーニングの日には、6種類の筋力トレーニングを行い、それぞれ3セット、10回ずつ実施しました。
運動後は23時から翌朝8時まで、9時間の睡眠時間が設けられました。
睡眠は、脳波、眼球運動、筋肉の動きなどを測るポリソムノグラフィーで調べています。
さらに、参加者には小さな温度センサーを飲み込んでもらい、体の中心部の温度である深部体温も測定しました。
運動中は、有酸素運動でも筋力トレーニングでも深部体温が上昇しました。
ところが、23時の就寝時には、運動をしなかった日との深部体温の差はなくなっていました。
睡眠についても、
眠りにつくまでの時間、
全体の睡眠時間、
睡眠効率、
深いノンレム睡眠、
REM睡眠、
夜中に目が覚めていた時間などに、明確な違いは確認されませんでした。
つまり、この12人の実験では、寝る約90分前まで中等度の有酸素運動や筋力トレーニングを行っても、その後の睡眠は悪化しませんでした。
これは、
「寝る2〜3時間前になったら、軽い運動しかしてはいけない」
という単純なルールとは一致しません。
ただし、この研究には大きな限界があります。
参加者は12人と少なく、全員が健康な若い男性でした。
さらに、一晩の運動による短期的な影響を調べた実験です。
そのため、「誰でも寝る90分前まで筋トレして大丈夫」と結論づけることはできません。
それでも、夜の中等度運動が必ず睡眠を悪化させるわけではないことを示した具体的な実験として参考になります。
運動すると深部体温はどうなる?
運動をすると筋肉で多くの熱が作られるため、深部体温は上昇します。
眠る前には深部体温が徐々に下がっていくため、
「寝る前に体温を下げる必要があるなら、夜の運動は睡眠に悪いのでは?」
と思うかもしれません。
しかし、運動で上がった深部体温が、そのまま高い状態で続くわけではありません。
2023年、韓国・高麗大学のキム氏らは、夜の運動が深部体温や睡眠にどのような影響を与えるのかについて、過去の9件の研究、合計201人のデータをまとめて調べました。
参加者は18〜65歳の成人で、研究では深部体温だけでなく、メラトニンやコルチゾール、睡眠の状態なども測定されていました。
研究をまとめると、夜に運動したあとには深部体温が上昇しますが、その後は徐々に低下していきます。
比較的長い時間の運動を扱った研究では、運動によって上昇した深部体温が、運動終了後30〜120分ほどで運動前に近い状態まで戻る傾向がみられました。
一方で、短時間の夜の運動では、夜間の深部体温が高くなったり、メラトニンのリズムが遅れたりする変化も報告されています。
ただし、こうした変化がそのまま睡眠の悪化につながったわけではなく、深いノンレム睡眠や睡眠効率が明確に悪化する結果は確認されませんでした。
実際、先ほど紹介したMiller氏らの実験でも、運動中には深部体温が上昇しましたが、運動終了から約90分後の就寝時には、運動をしなかった日との差がなくなっていました。
つまり、
「夜に運動すると体温が上がるから眠れない」
と単純には言えません。
運動の強さや長さ、運動する時間帯によって、深部体温がどのくらい上がり、どのくらいの速さで下がるかは変わります。
夜しか運動できない人はどうすればいい?
仕事や家事が終わってからでなければ、運動する時間を取れない人もいるでしょう。
今回紹介した研究を見る限り、
「夜しか運動できないなら、運動しない方がいい」
と考える必要はありません。
中等度の有酸素運動や筋力トレーニングでは、寝る約90分前まで運動した実験でも睡眠の悪化は確認されませんでした。
高強度運動についても、就寝2〜4時間前に終えた研究では、全体として大きな睡眠悪化は確認されていません。
一方で、就寝1時間以内まで続く激しい運動では、寝つきが遅くなったり、睡眠時間や睡眠効率が悪化したりする場合があります。
そのため、
「夜9時以降は運動禁止」
「寝る3時間前を過ぎたら筋トレ禁止」
といった一律のルールを作るより、運動の強さと、運動を終えてから寝るまでの時間を合わせて考える方が現実的です。
また、自分の場合にどうなるかを見ることも必要です。
夜に運動したあと、なかなか心拍数が下がらない、体が熱い、気分が高ぶって寝つきにくいという場合には、運動する時間を少し早めたり、夜遅い時間の運動強度を下げたりするとよいでしょう。
まとめ:夜の運動は「何時か」だけでは決まらない
夜に運動すると眠れなくなるという考え方は、現在の研究を見ると少し単純すぎます。
2019年に23件の研究をまとめた分析では、夜の運動全体として睡眠が悪化する結果は確認されませんでした。
2021年に高強度運動だけを調べた15件、194人の分析でも、主要な睡眠指標の多くに明確な悪化はみられず、とくに就寝2〜4時間前に運動を終えた場合には大きな問題は確認されませんでした。
さらに、健康な若い男性12人を対象とした実験では、寝る約90分前まで中等度の有酸素運動や筋力トレーニングをしても、その後の睡眠は悪化しませんでした。
一方で、就寝1時間以内まで続く激しい運動では、寝つきや睡眠時間、睡眠効率が悪化する場合があります。
つまり、「寝る前の運動はダメ」と一律に考えるのではなく、運動の強度と、運動を終えてから寝るまでの時間を合わせて考えるのがよさそうです。
また、「寝る前に体を動かすこと」とは反対に、「体の緊張をゆるめること」も睡眠には関係します。
体の緊張をゆるめる方法の一つに、「漸進的筋弛緩法(ぜんしんてききんしかんほう)」があります。
→ 寝る前に体の力を抜くと眠りやすくなる?筋弛緩法と睡眠の関係
参考URL
- スイス・連邦工科大学チューリッヒ校:健康な成人を対象とした夜の運動と睡眠について23件の研究をまとめて分析した研究
Effects of Evening Exercise on Sleep in Healthy Participants: A Systematic Review and Meta-Analysis
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30374942/ - カナダ・コンコルディア大学:18〜50歳の健康な成人194人を含む15件の研究をまとめ、夜の高強度運動と睡眠の関係を調べた研究
The effects of evening high-intensity exercise on sleep in healthy adults: A systematic review and meta-analysis
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34416428/ - オーストラリア・セントラルクイーンズランド大学:健康な若い男性12人を対象に、就寝約90分前まで行う中等度の有酸素運動と筋力トレーニングが睡眠と深部体温に与える影響を調べた研究
Moderate-intensity exercise performed in the evening does not impair sleep in healthy males
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31072217/ - 韓国・高麗大学:夜の運動の時間帯や強度と、深部体温や睡眠などとの関係について過去の研究をまとめた研究
Effects of exercise timing and intensity on physiological circadian rhythm and sleep quality: a systematic review
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37946447/
