ストレスがあると眠れないのはなぜ?コルチゾールと自律神経の科学的メカニズム

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疲れているのに眠れないのは、なぜなのか

一日中仕事をして、体はくたくたに疲れている。それなのに布団に入ると、昼間の出来事や明日の仕事が次々と頭に浮かび、なかなか眠れない。

一見すると、「これだけ疲れているのだから、すぐ眠れるはず」と思います。しかし、疲れていることと、眠れることは同じではありません。

眠るためには、体に疲労がたまっているだけでなく、日中の活動を支えていた脳や体の覚醒状態が、夜になって静まっていく必要があります。

ところが強いストレスを感じていると、脳や体では「まだ休んではいけない」と判断したときに働く仕組みが動き続けることがあります。

たとえば、仕事上のトラブル、人間関係、期限が迫った仕事、将来への不安などです。

実際に命の危険が迫っているわけではなくても、脳が「対応しなければならない問題がある」と判断すると、体はストレスに対応するための状態へ変化します。

この状態が夜になっても続くと、体は疲れていても、脳や体の覚醒が十分に下がらないことがあります。不眠の研究では、こうした状態を「過覚醒」と呼ぶことがあります。

2010年、ドイツのフライブルク大学のディーター・リーマン(Dieter Riemann)教授らは、不眠と過覚醒について、それまでの研究をまとめたレビューを発表しました。そこでは、慢性的な不眠では、単に「考え事が多い」というだけではなく、自律神経やホルモン、脳の活動など、体のさまざまな面で覚醒が高い状態が続いている可能性が示されています。

つまり、ストレスで眠れないときに問題になっているのは、単に「考えすぎている」ということだけではありません。

その背景では、自律神経やホルモンなど、体の仕組みそのものも変化しています。

ストレスを感じると、体はすぐに動ける状態になる

心拍や呼吸、血圧、消化などは、私たちが意識しなくても自動的に調節されています。

こうした体の働きを調節している仕組みの一つが「自律神経」です。

自律神経には、大きく分けて「交感神経」と「副交感神経」があります。

交感神経は、活動しているときや緊張しているときに働きやすくなります。

たとえば、危険を感じたときには心臓を速く動かし、必要な場所へ血液を送り、すぐに行動できる状態をつくります。

一方、副交感神経は、食事をしているときや休んでいるときなど、体を落ち着かせている状態と深く関係しています。

交感神経を「アクセル」、副交感神経を「ブレーキ」と説明することがあります。

実際にはそれほど単純ではありませんが、体が活動する方向と休む方向の両方を調節している、と考えると分かりやすいでしょう。

ストレスを感じると交感神経の働きが強くなりますが、これは本来、危険に対応するために必要な反応です。

もし目の前に危険が迫っているなら、心拍数を下げて眠くなっている場合ではありません。周囲に注意を向け、すぐ動ける状態をつくる必要があります。

問題は、現代では仕事や人間関係などでも、同じストレス反応が起こることです。

夜になっても仕事の問題について考え続けていたり、明日のことを心配していたりすると、体は完全な休息状態へ切り替わりにくくなります。

眠るときには、自律神経の働きも変わる

私たちが眠ると、自律神経の状態も変化します。

特に深いノンレム睡眠では、日中と比べて交感神経の働きが弱まり、副交感神経の影響が強くなります。

それに伴って、心拍数や血圧も低くなります。

そのため、ストレスによって体が「すぐ動ける状態」を保っていると、眠りへ向かう体の変化とぶつかることになります。

もちろん、睡眠中に交感神経が完全に止まるわけではありません。

重要なのは、夜になってもストレスによる覚醒状態が強く残っていると、眠りへ移行しにくくなるということです。

そしてストレスを感じたときに働く仕組みは、自律神経だけではありません。

もう一つ重要なのが「HPA軸(エイチ・ピー・エーじく)」です。

HPA軸とは、脳から副腎まで続くストレス反応の連絡ルート

HPA軸とは、「視床下部・下垂体・副腎」を結ぶストレス反応の仕組みです。

HPAという名前は、英語の

Hypothalamus(ハイポサラマス/視床下部)
Pituitary(ピチュイタリー/下垂体)
Adrenal(アドリーナル/副腎)

の頭文字を取ったものです。

まず視床下部です。

視床下部は、脳の中心に近い場所にある小さな部分です。体温、空腹、のどの渇き、睡眠と覚醒、ホルモンの働きなど、体の状態を調節するうえで重要な役割を持っています。

簡単にいえば、体の状態を見ながら、「今は休むべきか」「今は活動するべきか」といった判断に関わる、脳の司令塔の一つです。

強いストレスを感じると、視床下部からCRH(シー・アール・エイチ)という物質が分泌されます。

CRHは、Corticotropin-Releasing Hormone(コルチコトロピン・リリーシング・ホルモン)の略で、日本語では「副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン」と呼ばれます。

名前は長いですが、役割はそれほど難しくありません。

CRHは、次に働く下垂体へ、「ストレスに対応するためのホルモンを出してください」と伝える信号です。

その信号を受け取る下垂体は、視床下部のすぐ下にある、直径1cmほどの小さな器官です。大豆ほどの大きさしかありませんが、体のさまざまなホルモンを調節する重要な役割を持っています。

CRHの信号を受けた下垂体は、今度はACTH(エー・シー・ティー・エイチ)というホルモンを血液中へ分泌します。

ACTHは、Adrenocorticotropic Hormone(アドレノコルチコトロピック・ホルモン)の略で、日本語では「副腎皮質刺激ホルモン」と呼ばれます。

ACTHは血液に乗って体の中を移動し、左右の腎臓の上にある「副腎」へ向かいます。

副腎は左右の腎臓の上に一つずつある、腎臓とは別の小さな臓器です。

副腎は、外側の「副腎皮質」と内側の「副腎髄質」に分かれています。

ACTHが主に働きかけるのは、外側にある副腎皮質です。

ACTHの信号を受けると、副腎皮質からコルチゾールが分泌されます。

つまり、ストレスを感じたときには、

視床下部からCRHが出る。
その信号を受けた下垂体からACTHが出る。
ACTHが血液を通って副腎へ届く。
そして副腎皮質からコルチゾールが分泌される。

という順番で反応が進みます。

この一連の流れがHPA軸です。

コルチゾールとは何か

HPA軸の最後に副腎皮質から分泌されるコルチゾールは、体がストレスに対応するうえで重要なホルモンです。

ストレスを感じたときに分泌が増えることから、「ストレスホルモン」と呼ばれることがあります。

ただし、コルチゾールはストレスがあるときだけ出るものではありませんし、体に悪いホルモンでもありません。

健康な人の体でも毎日分泌されていて、生きていくために必要な役割を持っています。

コルチゾールの大切な働きの一つが、必要なときにエネルギーを使える状態をつくることです。強いストレスを受けたときには、血液中の糖を確保する方向に働き、脳や筋肉がエネルギーを使いやすい状態を支えます。

このほかにも、血圧を保つことや、免疫反応、炎症の調節など、さまざまな働きに関わっています。

コルチゾールは夜の前半には低く、明け方に向かって増え、起床前後に高くなります。その後は夜に向かって少しずつ低下します。

朝にコルチゾールが高いこと自体は異常ではありません。一日の活動を始めるためにも必要な変化です。

問題になるのは、強いストレスによって夜になってもHPA軸の活動が高い状態が続く場合です。

本来なら低くなるはずの時間帯にも、コルチゾールの分泌が高めに保たれることがあります。

では実際に、不眠の人ではコルチゾールが高くなっているのでしょうか。

不眠の人ではコルチゾールが高くなっているのか

この疑問については、これまで多くの研究が行われてきました。

ただし、研究結果はすべて一致しているわけではなく、「不眠の人は必ずコルチゾールが高い」と単純に言えるものではありません。

そこで2022年、ドイツのフライブルク大学のラファエル・ドレスレ(Raphael Dressle)氏らの研究チームは、それまでに行われた研究を集め、慢性不眠とコルチゾールの関係を詳しく調べました。

この研究チームには、不眠研究で知られる同大学のディーター・リーマン(Dieter Riemann)教授らも参加しています。

このように、複数の研究結果をまとめて分析し、全体としてどのような傾向があるのかを調べる方法を「メタ解析」といいます。

研究チームが最終的に分析したのは20の研究です。

対象となったのは、慢性不眠のある人449人と、比較対象となる良好な睡眠者357人でした。

それらの研究結果をまとめて分析すると、慢性不眠のある人では、よく眠れている人よりもコルチゾールが高い傾向が確認されました。

ただし、すべての研究で同じ結果が出たわけではなく、「実際に眠った時間が短いほど、コルチゾールが高くなる」という明確な関係も確認されませんでした。

したがって、「不眠になるとコルチゾールが必ず大量に分泌される」とまでは言えません。

それでも、慢性不眠とHPA軸を含むストレス反応との関連を示す結果といえます。

睡眠不足になると、今度はコルチゾールの動きにも影響する

ストレスと睡眠の関係は一方向ではありません。

睡眠不足そのものが、HPA軸やコルチゾールの動きに影響することもあります。

この関係を調べた代表的な研究の一つが、1997年に医学誌『Sleep』に発表された研究です。

米国シカゴ大学医学部のレイチェル・レプロール(Rachel Leproult)氏、オルフェウ・バクストン(Orfeu Buxton)氏、イブ・ヴァン・コーター(Eve Van Cauter)教授らと、ベルギー自由大学のジョルジュ・コパンシ(Georges Copinschi)教授は、健康な若い男性を対象に、睡眠不足によってコルチゾールの分泌がどう変化するのかを調べました。

研究では、血液中のコルチゾールを32時間にわたって繰り返し測定しました。

比較されたのは、通常どおり23時から翌朝7時まで眠る条件、午前4時から8時までの4時間だけ眠る条件、そして一晩まったく眠らない条件です。

これは4時間睡眠を何日も続けた実験ではなく、一晩の睡眠不足による影響を調べたものです。

結果に違いが現れたのは、睡眠不足を経験した翌日の夕方から夜でした。

18時から23時までのコルチゾール濃度は、4時間だけ眠った条件では37%高く、一晩まったく眠らなかった条件では45%高くなっていました。

さらに、コルチゾールが夜の低い状態へ移っていく時間も、少なくとも1時間遅れていました。

研究者らは、睡眠不足によって、日中に高まったHPA軸の活動が夜に向かって静まっていく過程が遅れた可能性を指摘しています。

ただし、これは特定の実験条件で得られた結果であり、「4時間しか眠らなければ誰でもコルチゾールが37%増える」という意味ではありません。

それでも、睡眠不足の影響が「眠い」「集中できない」といった感覚だけではなく、体のストレス反応を調節する仕組みにまで及ぶ可能性を示した点は重要です。

ストレスと不眠は一方向の関係ではない

ここまで見てきたように、ストレスと睡眠の関係は一方向ではありません。

ストレスによって覚醒状態が続けば眠りにくくなり、睡眠不足になると今度はHPA軸やコルチゾールの動きにも影響する可能性があります。

ただし、ストレスによる不眠を「コルチゾールが増えるから眠れない」とだけ説明するのは正確ではありません。

実際の不眠には、自律神経、HPA軸、脳の覚醒、不安や考え事など、さまざまな要因が関わっています。

こうした脳や体の覚醒が十分に下がらない状態を、不眠研究では「過覚醒」と捉えています。

まとめ

体が疲れていても、強いストレスによって脳や体の覚醒状態が続いていれば、眠りに入りにくくなることがあります。

その背景には、交感神経やHPA軸など、私たちがストレスに対応するための仕組みがあります。

これらは本来必要な反応ですが、夜になっても強く続けば睡眠を妨げることがあります。

また、睡眠不足そのものもHPA軸やコルチゾールの働きに影響する可能性があります。

ストレスと不眠は、どちらか一方だけが原因になる単純な関係ではなく、互いに影響し合っているのです。

参考URL

  • フライブルク大学:慢性不眠とHPA軸の関係を調べた2022年の系統的レビュー・メタ解析を掲載している大学公式リポジトリ
    HPA axis activity in patients with chronic insomnia: A systematic review and meta-analysis of case-control studies
    https://freidok.uni-freiburg.de/data/224269
  • シカゴ大学:睡眠不足によるコルチゾールなどのホルモン変化について、シカゴ大学の研究を紹介した公式記事
    Lack of sleep alters hormones, metabolism
    https://chronicle.uchicago.edu/991202/sleep.shtml
  • 学術誌『Sleep Medicine Reviews』:不眠では、脳や体の覚醒が十分に下がらない「過覚醒」が重要ではないかという考え方について、それまでの研究をまとめたレビュー
    The hyperarousal model of insomnia: a review of the concept and its evidence
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19481481/
  • 学術誌『Sleep Medicine Reviews』:不眠の過覚醒について、生理学的な研究を中心に整理したレビュー
    Hyperarousal and insomnia: state of the science
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19640748/
  • 学術誌『Sleep Medicine Reviews』:不眠の人の自律神経の働き、とくに交感神経と心臓・血管の調節についてまとめたレビュー
    Insomnia and cardiovascular autonomic control
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31331688/
  • 学術誌『Sleep Medicine Reviews』:睡眠とHPA軸の関係、不眠におけるACTHやコルチゾールの変化についてまとめたレビュー
    Sleep, the hypothalamic-pituitary-adrenal axis, and cytokines
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12055986/
  • 学術誌『Sleep Medicine Reviews』:慢性不眠の人と良好な睡眠者のコルチゾール濃度を比較した研究をまとめた系統的レビュー・メタ解析
    HPA axis activity in patients with chronic insomnia: A systematic review and meta-analysis of case-control studies
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35091194/
  • 学術誌『Sleep Medicine Reviews』:睡眠不足によって自律神経系やHPA軸などのストレス反応系がどのように変化するかをまとめたレビュー
    Restricted and disrupted sleep: effects on autonomic function, neuroendocrine stress systems and stress responsivity
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18222099/
  • 学術誌『Sleep』:部分的な睡眠不足や完全徹夜の翌日に、夕方のコルチゾール分泌がどう変化するかを調べた研究
    Sleep loss results in an elevation of cortisol levels the next evening
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9415946/
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