電子書籍の光は睡眠にどう影響する?
以前の記事では、寝る前の読書そのものと睡眠の関係について紹介しました。
「寝る前に本を読むと眠りやすい?読書と睡眠の関係を研究から解説」
そこでは、寝る前に本を読んだ人のほうが「睡眠が改善した」と回答した割合が高かった研究や、読む内容によって生じる感情と睡眠の関係を調べた研究を紹介しました。
では、紙の本ではなく、Kindle Paperwhiteやスマホ、タブレットで電子書籍を読む場合はどうなのでしょうか。
「寝る前に画面を見ると睡眠に良くない」
「ブルーライトを浴びると眠れなくなる」
といった話を聞いたことがある人も多いと思います。
ただし、電子書籍を読む端末は、すべて同じ仕組みで画面を表示しているわけではありません。
スマホやタブレットでは、主にLCD(液晶)やOLED(有機EL)という画面が使われています。
たとえば、iPadの多くのモデルではLCDが使われています。
LCDは、画面の後ろにあるバックライトを光らせ、その光を液晶で調整して文字や画像を表示する仕組みです。
一方、最近のiPhoneや多くのスマホではOLEDが使われています。
OLEDはバックライトを使わず、画面を作っている一つ一つの画素そのものが光ります。
LCDとOLEDでは仕組みは違いますが、どちらも画面から出た光を直接目で見るという点では共通しています。
一方、Kindle Paperwhiteなどに使われているE Inkは、画面そのものが発光する仕組みではありません。
E Inkでは、画面の中にある白と黒の小さな粒子を電気で動かして文字を表示します。
紙の本と同じように、周囲から当たった光を反射して読む「反射型ディスプレイ」です。
ただし、Kindle Paperwhiteには、暗い場所でも読めるようにフロントライトが搭載されています。
フロントライトは、画面の表面側からE Inkの表示面を照らし、その反射光を見る仕組みです。
そのため、Kindle Paperwhiteはスマホやタブレットとは光の出方が違いますが、フロントライトを使っている以上、光がまったく目に入らないわけではありません。
つまり、寝る前の電子書籍について考えるときは、
・iPadやスマホのように、画面から光が出る端末
・Kindle Paperwhiteのように、E Inkとフロントライトを使う端末
を分けて考える必要があります。
では、実際に発光する画面で寝る前に本を読むと、睡眠にはどのような影響があるのでしょうか。
まずは、iPadと紙の本を直接比較した研究から見ていきます。
iPadと紙の本を比べた2015年の研究
就寝前に発光する画面で本を読むと、睡眠や体内時計にどのような影響があるのでしょうか。
この点を詳しく調べた代表的な研究が、2015年に米国科学アカデミー紀要(PNAS)に発表されています。
研究の中心となったのは、アン=マリー・チャン氏(Anne-Marie Chang)です。
当時チャン氏は、米国ボストンにあるブリガム・アンド・ウィメンズ病院の睡眠・概日リズム障害部門や、米国・ハーバード大学医学部の睡眠医学部門に所属し、光と睡眠、体内時計の関係について研究していました。
この研究には、同じく睡眠や概日リズムを研究するダニエル・エシュバッハ氏(Daniel Aeschbach)、ジーン・ダフィー氏(Jeanne F. Duffy)、チャールズ・ツァイスラー氏(Charles A. Czeisler)らも参加しています。
対象となったのは、18〜30歳の健康な若年成人12人です。
参加者には睡眠障害などがなく、研究期間中は実験施設内で生活しました。
この研究では、「クロスオーバー試験」という方法が使われています。
クロスオーバー試験とは、参加者を「iPadを使う人」と「紙の本を読む人」に分けて比較するのではなく、同じ参加者に両方の条件を経験してもらう研究方法です。
今回の研究では、参加者全員が、
- iPadで電子書籍を読む条件
- 紙の本を読む条件
の両方を経験しました。
ある参加者は最初にiPadで読み、その後に紙の本を読みます。別の参加者は、その逆の順番で行います。
こうすることで、「もともと寝つきやすい人」「もともとメラトニンの分泌量が多い人」など、参加者一人ひとりの個人差による影響を減らし、その人自身がiPadを使ったときと紙の本を読んだときで、睡眠や体内時計にどのような違いが出るのかを比較しやすくなります。
メラトニンとは、夜になると分泌量が増え、体に「夜になった」という情報を伝えるホルモンです。眠気や体内時計の調整にも関係しています。
研究期間は14日間で、参加者の睡眠時間は毎晩22時から翌朝6時までの8時間に固定されました。
そのうえで、それぞれの条件で5日間連続して、消灯前の18時から22時までの4時間、本を読んでもらいました。
電子書籍を読む条件で使われたのは、第1世代のiPadです。
ここは今回の記事では重要な点です。
この研究で使われたのは、Kindle PaperwhiteのようなE Ink端末ではありません。
画面から光が出る液晶ディスプレイを使ったiPadと、紙の本を比較した研究です。
研究者たちは、単に参加者へ「よく眠れましたか」と質問しただけではありません。
血液を採取してメラトニンの量を調べるほか、
・メラトニンが分泌され始める時刻
・眠りにつくまでにかかった時間
・睡眠中の脳波
・REM睡眠などの睡眠段階
・就寝前の眠気
・翌朝の眠気や覚醒度
などを詳しく測定しました。
つまり、本人の感覚だけではなく、ホルモンや脳波を使って、睡眠と体内時計への影響を客観的に調べた研究です。
その結果、iPadで読書をした条件では、紙の本で読んだ条件と比べて、夜間のメラトニン分泌が約55%抑えられました。
さらに、メラトニンが分泌され始める時刻も、iPadを使った条件では約1.5時間遅くなりました。
これは、単に「その日は少し寝つきにくかった」というだけではなく、体内時計のタイミングそのものが後ろへずれたことを示しています。
眠りにつくまでの時間にも違いがありました。
紙の本を読んだ条件では、眠りにつくまで平均15.7分だったのに対し、iPadでは平均25.6分でした。
つまり、iPadで読んだときの方が、眠りにつくまで約10分長くかかっています。
睡眠中にも違いがみられました。
iPadを使った条件では、REM睡眠の時間が紙の本より短くなりました。
さらに、就寝前には紙の本を読んだときよりも眠気を感じにくく、翌朝になると逆に眠気が強く、十分に目が覚めたと感じるまで時間がかかりました。
この研究からは、夜に発光する画面を長時間見ることで、
・メラトニンの分泌が抑えられる
・体内時計のタイミングが遅れる
・眠りにつくまでの時間が長くなる
・睡眠の一部にも変化が出る
・翌朝の眠気が強くなる
といった影響が起こる可能性が示されました。
ただし、この研究結果を、そのまま普段のスマホやタブレットの使い方に当てはめることはできません。
まず、参加者は12人と少人数です。
また、実験では就寝前に4時間連続でiPadを使っています。
普段、寝る前に10分や20分だけ電子書籍を読む場合とは、使用時間が大きく異なります。
さらに、この研究は厳密に管理された実験施設の中で行われています。
そのため、
「寝る前にスマホを少し見ただけでも、必ずメラトニンが55%減る」
という意味ではありません。
それでも、紙の本と発光するiPadを同じ参加者で直接比較し、本人の感覚だけでなく、メラトニンや脳波まで測定した点で、就寝前の発光画面と睡眠の関係を考えるうえで重要な研究です。
就寝前30分のiPadでも影響はある?
2015年の米国での研究では、参加者は就寝前に4時間、iPadまたは紙の本で読書をしていました。
では、もっと短い時間でも違いは出るのでしょうか。
2016年、ノルウェーのベルゲン大学のヤンネ・グロンリ氏(Janne Grønli)らは、就寝前30分のiPad読書と紙の本での読書を比較しました。
グロンリ氏は、ベルゲン大学の生物・医学心理学部に所属し、睡眠や覚醒、睡眠中の脳波などを研究している研究者です。
この研究には、ベルゲン大学のほか、ノルウェーのハウケランド大学病院にある睡眠障害研究の専門機関などの研究者も参加しています。
対象となったのは、健康な学生16人です。
平均年齢は約25歳で、16人のうち12人が女性でした。
この研究でも、「クロスオーバー試験」という方法が使われました。
つまり、参加者を最初から「iPadを使うグループ」と「紙の本を読むグループ」に分けるのではなく、同じ参加者が、
- iPadで読む条件
- 紙の本で読む条件
の両方を経験しました。
どちらの条件を先に行うかによる影響をできるだけ減らすため、条件の順番も調整されています。
この研究は、実験施設に泊まり込んで行われたものではありません。
参加者は自宅の自分の寝床で眠り、その間の睡眠を「ポリソムノグラフィー(PSG)」という方法で測定しました。
ポリソムノグラフィーとは、睡眠中の脳波や目の動きなどを記録し、どの睡眠段階に入っているのかを詳しく調べる検査です。
測定は3晩行われました。
最初の1晩は、測定機器をつけて眠ることに慣れてもらうための「適応夜」です。
その後の2晩で、参加者は就寝前30分間、
・iPadで物語を読む
・紙の本で物語を読む
という2つの条件をそれぞれ経験しました。
なお、この研究について「KindleやE Ink端末も比較した研究」と紹介されることがありますが、実際に比較されたのはiPadと紙の本の2条件です。
KindleやE Ink端末は使われていません。
研究者たちは、読書中に参加者の目の周辺へどの程度の光が届いているかも測定しました。
その結果、iPadで読んでいるときの照度は平均58.3ルクス、紙の本では平均26.7ルクスでした。
つまり、iPadを読んでいるときには、紙の本を読んでいるときの約2.2倍の光が目の周辺に届いていました。
就寝前の光は体内時計や眠気に影響するため、この明るさの差は無視できません。
ただし、睡眠への影響は明るさだけで決まるわけではなく、光の波長や見る時間、時刻なども関係します。
では、実際に読書をしたあとの眠気には違いがあったのでしょうか。
研究では、消灯する直前に「カロリンスカ眠気尺度(KSS)」という方法を使い、参加者がその時点でどの程度眠いと感じているかを評価しました。
カロリンスカ眠気尺度とは、その時点の眠気の強さを本人に回答してもらう評価方法です。
その結果、iPadで読んだ場合は、紙の本を読んだ場合よりも、消灯直前の眠気が弱くなっていました。
つまり、同じ30分間の読書でも、iPadで読んだときの方が、寝る直前に「まだ眠くない」と感じていたということです。
睡眠中の脳波にも違いがみられました。
研究者たちが注目したのが、「徐波活動(SWA)」と呼ばれる脳波です。
徐波活動とは、主に深いノンレム睡眠で強くみられる、ゆっくりとした脳波の活動です。眠る必要性がどの程度たまっているかを示す「睡眠圧」とも関係しています。
紙の本を読んだ場合と比べると、iPadを使った場合には、眠り始めてから徐波活動が変化していくタイミングが約30分遅れ、睡眠開始後の徐波活動も低くなっていました。
一方で、すべての睡眠指標に違いが出たわけではありません。
iPadで読んだ場合と紙の本で読んだ場合で、
・眠りにつくまでの時間
・各睡眠段階で過ごした時間
には、統計的に明確な差はみられませんでした。
つまり、この研究では、
「寝る前に30分iPadで読書をすると、必ず寝つきが悪くなる」
という結果ではありませんでした。
その一方で、寝る直前の眠気や、眠り始めてからの脳波活動には違いが確認されています。
2015年の米国での研究では、就寝前4時間のiPad読書によって、メラトニンの抑制や体内時計の遅れ、眠りにつくまでの時間の延長などがみられました。
今回の研究では、読書時間が30分と短く、参加者も16人と少数です。また、研究環境や測定した項目も同じではありません。
そのため、2つの研究を単純に比べて、
「30分なら問題ない」
「4時間なら危険」
と線を引くことはできません。
ただし、30分という比較的短いiPadでの読書でも、寝る直前の眠気や、眠り始めたあとの脳波活動に違いがみられたことは、寝る前の電子書籍を考えるうえで重要な結果です。
Kindle Paperwhiteなら寝る前に読んでも大丈夫?
2015年の米国での研究と、2016年のノルウェーでの研究では、、就寝前にiPadで読書をすると、紙の本で読んだ場合と比べて、メラトニンの分泌や眠気、睡眠中の脳波などに違いがみられました。
では、Kindle Paperwhiteの場合はどうなのでしょうか。
最初に確認しておきたいのは、Kindle Paperwhiteは、iPadやスマホと画面の仕組みが違うということです。
Kindle Paperwhiteに使われているE Inkは、画面そのものが発光する仕組みではありません。
一方、iPadやスマホでは、LCDのバックライトやOLEDの画素から出た光を直接目で見ることになります。
この違いだけを見ると、Kindle Paperwhiteの方が、寝る前に使う端末としては光の刺激を抑えやすそうに思えます。
ただし、Kindle Paperwhiteにはフロントライトが搭載されています。
フロントライトは、画面の表面側からE Inkの表示面を照らし、その反射光を見る仕組みです。
そのため、E Ink画面自体が発光していなくても、フロントライトを使っている以上、光は目に入ります。
つまり、
「E Inkだから光を見ていない」
「Kindle Paperwhiteならブルーライトはゼロ」
というわけではありません。
では、実際にKindle Paperwhiteで読んだ場合、紙の本と比べて睡眠への影響は同じなのでしょうか。
ここは、現在の研究ではまだはっきりしていません。
先ほど紹介した2015年の米国での研究で使われたのはiPadです。
2016年のノルウェーの研究でも、比較されたのはiPadと紙の本で、Kindle PaperwhiteやE Ink端末は使われていません。
つまり、
「Kindle Paperwhiteで読んでも、紙の本と睡眠への影響は同じだった」
と直接示した十分な研究があるわけではありません。
E Inkは画面自体が発光せず、スマホやタブレットとは光の出方が違います。
そのため、フロントライトを暗く設定すれば、目に入る光を少なくできると考えられます。
一方で、フロントライトを明るくして暗い部屋で長時間読めば、当然ながら目には光が入り続けます。
ですから、現時点では、
「Kindle Paperwhiteはスマホやタブレットと同じ」
とも、
「紙の本とまったく同じで、睡眠には影響しない」
とも言い切れません。
分かっているのは、Kindle Paperwhiteはスマホやタブレットとは画面の仕組みが異なり、目に入る光を少なくしやすい端末だということです。
寝る前に使うのであれば、「E Inkだから大丈夫」と考えるよりも、フロントライトを必要以上に明るくしないことまで含めて考える方がよいでしょう。
寝る前に読むなら、結局何がいい?
ここまでの研究を踏まえると、寝る前の読書は、使う端末によって光の受け方が異なります。
紙の本は、本自体から光が出ることはありません。
一方、iPadなどのタブレットでは、就寝前の使用によって、メラトニンの分泌や体内時計、眠気、睡眠中の脳波などに変化がみられた研究があります。
スマホも、画面から出た光を見るという点ではタブレットと共通しています。
ただし、実際に目に入る光の量は、画面の明るさや大きさ、見る距離、使用時間などによって変わります。
Kindle Paperwhiteは、E Ink自体が発光しないため、スマホやタブレットとは仕組みが異なります。
ただし、フロントライトを使えば光は目に入ります。
また、Kindle Paperwhiteと紙の本を直接比較して、睡眠への影響が同じかどうかを確かめた研究が十分に揃っているわけではありません。
そのため、現時点で寝る前に読むものを選ぶなら、最も無難なのは紙の本です。
電子書籍を使いたい場合は、スマホやタブレットよりも、Kindle PaperwhiteのようなE Ink端末を選び、フロントライトを必要以上に明るくしない方がよいでしょう。
まとめ:電子書籍は端末によって違う
寝る前の読書では、紙の本と電子書籍を同じように考えることはできません。
2015年の米国での研究では、就寝前にiPadで長時間読書をすると、紙の本で読んだ場合と比べて、メラトニンの分泌が抑えられ、体内時計が遅れ、眠りにつくまでの時間も長くなりました。
また、2016年のノルウェーでの研究では、就寝前30分のiPad読書でも、寝る直前の眠気が弱くなり、睡眠中の脳波活動にも違いがみられました。
一方、Kindle Paperwhiteは、スマホやタブレットとは画面の仕組みが異なります。
Kindle Paperwhiteに使われているE Inkは画面自体が発光しませんが、フロントライトを使えば光は目に入ります。
また、Kindle Paperwhiteと紙の本を直接比較して、睡眠への影響が同じかどうかを確かめた研究は、まだ十分ではありません。
そのため、現時点で寝る前に読むなら、最も無難なのは紙の本です。
電子書籍を使う場合は、スマホやタブレットよりも、Kindle PaperwhiteのようなE Ink端末の方が光を抑えやすいと考えられます。
ただし、E Inkだから睡眠に影響しないと決めつけるのではなく、フロントライトを必要以上に明るくしない、長時間読み続けないといった使い方も意識した方がよいでしょう。
寝る前の読書では、「電子書籍か紙か」だけでなく、どの端末を使うのか、どのくらいの明るさで、どのくらいの時間読むのかまで含めて考えることが大切です。
そして、寝る前に使う電子機器は電子書籍端末だけではありません。実際には、スマホを使っている人の方が多いでしょう。
スマホは、画面の光だけでなく、SNSや動画などの内容や、寝床に入ってから使い続ける習慣も睡眠に関係します。
参考URL
- 米国・ハーバード大学医学部/ブリガム・アンド・ウィメンズ病院:発光型電子書籍端末での就寝前読書が睡眠・概日リズム・翌朝の覚醒度に与える影響を調べた研究
Evening use of light-emitting eReaders negatively affects sleep, circadian timing, and next-morning alertness
https://www.pnas.org/doi/full/10.1073/pnas.1418490112 - ノルウェー・ベルゲン大学:就寝前30分のiPad読書と紙の本での読書を比較したランダム化クロスオーバー試験
Reading from an iPad or from a book in bed: the impact on human sleep. A randomized controlled crossover trial
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27448477/
